はじまりは他愛のない言葉だった。

一方は運要素が強いゲームは嫌いだと主張する。
もう一方は貴方が好きなゲームだって運要素があるじゃないか。

……宜しい。
ならば戦争だ。

格ゲーに運要素がある?
そういう技があるのは知っているけれど、勝負自体は運なんかじゃ決まらない。
ほぼ実力が全てだ。

向かうはゲームセンター。

勝負事に絶対はない。
だけど、貴方相手になら50回は軽く勝つでしょう。

相手は決意する。
お前のプライドをぐちゃぐちゃにしてやる、と。
だからお前を倒すと。

一人は思考する。
初心者が苦手な技―ガード不能技、そしてめくり攻撃を備えたキャラで十分だと。
メインキャラを使う必要性はない、あとは暴れ対策で耐久力があるキャラを選べば問題はないはずだと。

もう一人は思考する。
50やって1ラウンドも勝てない事はないだろう、と。
とりあえず暴れとけば勝てるだろうと。

結果を言えば50回やって1ラウンドも落とさなかった人の勝ちだった。

相手はただその分野で偉い人の言った言葉を理解し、自分の答えを探そうとはしない愚か者だ。
ただ正しいだけの存在…そんなものは「私」には関係がなかった。
………面白くない思考、受け売りの思考、ただ正しいだけの思考…。
そこには何の面白味も感じられなかった。

だから私は「私」で戦う。
持っている思考がどんなに間違っていようとも。
それが面白い事だって気付いたから。

面白ければいい。
私はゲーマーでなのだから。