Yと十分に別れた事を確認した私は夜の空を見上げた。
とても不安で怖がっている自分の気持ちを確かめる。
……気のせいじゃない、手だって震えている。

それでも両足は少しずつだけど、Aの家に向かっている。

時間は有限である。
どうせ別れる事になるなら早めがいい。
お互いその方がいいはずなのだ。

数十分、夜の田舎道を歩き辿り着いたのはAの家の前。
私は震える手で目の前にある家のチャイムを鳴らす。

声は聞こえない。
かわりに聞こえたのは誰かの足音であり、徐々にその音が近付いてくるのが分かる。

「………やっぱり」

扉を開けたAはそんな言葉を口に出した。
……驚いた様子はない。

「やぁやぁ。喧嘩を売りに来ましたよっと」

いつもの調子で。
私はAの顔を眺めながらそう言った。

「……別れるか、別れないかって話だよね?」

「端的に言えば、そうなりますなぁ。とはいえ、貴方がMの事を好きになったのなら答えは簡単で長い時間は掛からないと思いますよ?」

「それじゃあ、とても長い話になるね」

Aの言葉に少しだけホッとする私がそこにいた。
……とりあえず別れる事はなさそうだけれど…長い話というのはどういう事なんだろう?

「ここじゃあ、なんなんで、散歩しながら話そうか?」

そう言われて、私はAを暫く待つ。
外出の準備だ。

「んじゃ、行こうか」

ん。と私は一言だけ答えAの隣の並び歩く。
落ち着く場所だ。

「出会った時の事、憶えてる?」

出会った時の事?
勿論、憶えている。

「あの時さ。実は言うと一目惚れだったんだよ。名前も外見も」

え……と私はAの言葉に驚いた。

「でも、話し掛けてみればこれが中々、捻くれててさ。人が傷付く事を簡単に言うし。暴力も振るう。嫌なヤツでさ」

そう言われた瞬間、体中の血が沸騰したかのように熱くなった。

「人なんて絶対、信じない。そんな人だったよね」

「…まあ、こっちに来る前にはイジメられてましたからね…まあそれが理由ではありますが…100%ではないです」

「で、そんなムイを更生させる人がいたらその人はとても綺麗だと思わない?」

―――――待って。
それってつまり―。

「………貴方…まさかそのつもりで私と付き合ったんじゃないでしょうね? 自分を綺麗と思わせるために…」

手が震えていた。
でもその震えは怖さからではなく怒りからだ。

「……一目惚れっていったじゃん……まあでも”そういうもの”がまったくなかったかといわれると…それは嘘になっちゃうね」

プツリ。
何かが私の中で切れる音がした。
だけど、落ち着け。

暴力よりも頭を回せ。
相手に暴力は効果が薄い、ならば言葉で潰した方が効果は期待できる。

「普通、その行いをやった場合”相手に失礼”とか罪悪感が生まれるものだけれど、それが生まれていな貴方は決して綺麗な人間ではないと思うよ」

「…………そう、だね。そしてムイと関わっていくようになってムイの捻くれがなくなるにつれて、今度は私が捻くれていくように感じちゃったんだ」

―自分はひょっとしたらとても汚い人間じゃないのか?

「それはつまり、私と付き合う事に疲れちゃったって事?」

「……まあ苦しくはあるよ」

「……バカですね~。綺麗な人間なんていません。誰にも善や悪はあります。ついでにいうと矛盾しちゃう生き物です、そして都合もいいです」

言って。
私はAと手を繋ぐ。

「私達はまだ学生で、人生もまだまだ長いです。これからいろんな事が起こるでしょう。良い事も悪い事もたくさん…もしかしたら私が貴方を大嫌いになる事があるかもしれません。逆に貴方が私を大嫌いになるかもしれません、でもその時が訪れるまで私と一緒に生きてみませんか?」

そう、先の事なんてまったく分からない。

「……一緒にいていいんだ?」

「……いて下さい。私を嫌いになるまで。それか私に嫌われるまで」

「……こんな性格だけどいいんだ?」

私は力いっぱい繋いでいる手を引き寄せる。

「だって付き合う時に言ったじゃないですか」

「…………こんなのどこがいいの?」

「全部、好きに決まってます!」

ってね。